ソニック短編6

Morning glow

Killing time

 タンクの補充は済ませた。噴射口に詰まりは無し。トリガーの調子も良好。忘れてはならないのが防水加工の上着。これで装備は万端だ。装備が少し重くてふらつくけど、慣れれば問題ないはず。
 あとは肝心のターゲットを見つけるだけ。それは"音速"の異名を持つハリネズミ、ソニックただ一人。この屋敷に拾われた頃から彼の飄々とした態度がどうしても気にくわず、つい絡んでは軽くあしらわれてきた。
 なんだか自分ばかり空回りしている気がしてそれがまた悔しく、いつかソニックの鼻を明かしてやりたいと密かに機会を伺っていた。今回の作戦には自信がある。今までの経験を活かし練り上げたこの策なら、きっと――
 そして意外にも、その人物はあっさりと見つけることができた。覚めるような青色の針束を風に靡かせ、前庭のベンチに腰かけている。
 普段なら試合がない時は屋敷の外へ走りに行ってしまうのに、なんとも珍しいものだ。今の私にとってはこれ以上になく好都合だけど。

"何かぼーっと空眺めてるし、今ならイケるんじゃないか"

 息を殺し、芝生で足音を消しながら接近を試みる。これは以前スネークさんから教えてもらったスニーキングの初歩的なコツ。
 距離を詰めている間もソニックが動く気配は無し。あと三メートルといった辺りで静かに構え、背後から狙う。彼の驚く様子が目に浮かび、自然と口角が吊り上がった。
 このままトリガーを引き、水が一直線に彼を襲う――はずだったのに、瞬きをする間に青の姿は消えていて。

「不意打ちとは随分なご挨拶だな?」

 背中を小突かれると同時に耳に響く軽快な声。トリガーにかけた指を動かせず、私はこの体勢のまま硬直してしまった。ああ、本当に情けないったらありゃしない。

「で、今日は一体どういうつもりだ?」
「決まってる。今日こそアンタを跪かせてやるの!」
「へぇ、それでそんなデカブツを引っ提げてきたってワケか」
「そう……君の水嫌いを克服させてあげようと思って、ね!」

 振り返り様に噴射口を向けるも、そこには影も形もなく。頭上から枝葉が揺れる音がしたかと思えば、木の上から挑発的な笑みを浮かべて私を見下ろしているソニック。

「面白い、丁度退屈してたところさ!」
「そうこなくっちゃね」

 枝から降りるところを見て着地地点を予測、ノズルを拡散モードに切り替えて放水の構えを取るも――彼は落下中に木の幹を蹴りつけると真横へ飛び出し、私の頭上を悠々と越えてしまう。
 流石は世界最速の足を持つとされるハリネズミ。偏差射撃も彼の身のこなしの前では意味をなさない。しかし、だからこそ一度でも彼の裏をかいてみたい。そして私のことを意識してくれるようになったら――
 しばらく彼を追っているうちに、周囲には小さな泥濘がいくつも出来上がっていた。これも作戦のひとつで、足場が悪くなればそれだけソニックに不利な状況を作り出せる。
 このどれかに足をとられて一瞬でも動きを止められれば、私にも勝機はあるはず。そして思惑通り、好機はすぐに訪れた。

「Shit, 足が……!」

 泥の上でバランスを崩したソニックが前のめりになる。よし、ここだ。チャンスは一瞬――思い切りトリガーを引くも、自慢のウォーターガンから水が飛び出すことはなかった。
 焦る私を横目に彼はひょいと泥濘から抜け出し、涼しげな顔をして腕を組んでいる。もしや、さっきのは引っ掛かった振りか。

「やっぱりな。そろそろタンクが空になる頃だと思ったぜ」

 そういえばなんだか軽い。恐る恐るタンクを確認すれば、そこの方にほんの少し残っているのみ。容量は申し分ない大きさだったのに、この短時間で空にしてしまったのは明らかに私の配分ミス。"策士、策に溺れる"とは正にこのことか。

「何で、タンクが空だって分かったの……?」
「途中からナナシの動きが良くなってきたからな。手に持ってるソレが軽くなってきたって証拠だ」

 ソニックの指摘通り、最初に水を装填した時の重みは異常だった。構え直す度、腕に負担がかかっていたのは言い逃れのない事実。
 まさかそこに目をつけられていたとは、鋭い観察眼には恐れ入ると同時に感心してしまう。彼は私の側までやってくると、余裕綽々といった様子でニヒルに微笑む。

「さて、次はどう楽しませてくれるんだ? それとも、降参か?」
「まだ……負けてないもん!」

 叫ぶと同時に投げつけたのは水風船。いざという時のため、サイドポーチに仕込んでおいたのだ。最後の最後まで、奥の手は隠しておくもの。至近距離からの一投。これなら今度こそ彼に一泡吹かせてやれる――

「今日はやけに食らいついてくるじゃないか」
「なっ……!」

 頭を傾け軽々と避けてみせたソニックは、私が次の行動に移るより早く間合いを詰めてくる。しまった、この距離では何をされても対抗できない。
 思わず目を瞑ると、頬に温かな感触。これが彼の手であることはすぐに分かったものの、今度は指でぐにぐにと擦られて思わず身を引いた。

「やっ、やだ、急に何すんの!」
「何って、顔に泥付いてるから取ってやろうとしただけだぜ?」

 指摘され自分の頬に触れてみると、なるほど確かにざらりとした感触が指に残る。どうやらソニックを追い回している間に付着したようだ。改めて周囲を見渡すと、青々とした芝生は泥だらけで見る影もない。
 これは間違いなくリーダーに怒られるな。近くに見える窓の奥、唖然とした顔で庭を見つめている彼女の姿を捉えた私は大きなため息をつく。ソニックは私の視線の先に気付くと肩をすくめていた。

「あーあ、見つかっちまったな」
「仕方ない……自業自得だもん」

 リーダーの所に向かう私に並ぶようにソニックも歩みを進める。てっきり我関せずといった流れでこの場を去るのかと思いきや、意外だ。

「……何のつもり?」
「ま、オレに任せとけって」

 悪戯っぽい笑顔でウインクまでかまされると、胸の辺りがむず痒いような不思議な感覚に苛まれる。どうにも調子が狂うというかなんというか。
 屋敷の中へと戻ると、既に玄関で待ち構えていたリーダーにすぐさま頭を下げた。どんなお咎めが待っているのかとうなだれると隣にいたソニックが一歩前に出る。

「Sorry. オレがコイツを誘って付き合わせたんだ。今回だけは多めに見てくれないか?」
「え、まあ……ソニックさんのお誘いなら、仕方ないわね。ナナシ、明日は汚れた庭をしっかり掃除してもらうわよ」

 そっと顔を上げると、赤くなった頬に手を当てているリーダーの姿があった。そういえば彼女、こっそりソニックを推しているファンの一人だったな。実に分かりやすいと思いつつ返事と共にもう一度頭を下げ、その場を後にした。

「……まさか君に庇われるなんてね」
「オレの退屈しのぎになってくれた礼さ」

 廊下に出て二人きりになると、なんだか気恥ずかしくなりソニックから目をそらす。それにしても、彼とこれだけ長く一緒に過ごしたことは今までなかった。
 今日の彼は何だか優しい気がして落ち着かない。もしかして、本当に私のことを意識してくれてるんだろうか。いや、そんな都合のいい話あるわけないな。

「なあナナシ。お前はいつもオレに絡んでくるが、そんなに遊びたいなら普通に声かけてくれればいいだろ?」
「な、いや、そういうんじゃないし……っ」
「じゃあ何だよ」

 ふいに立ち止まり、含み笑いを向けてくるソニック。絶対に分かっているからこその態度だ。 ああ、私ってなんなんだろう。彼に意識してもらって、その先に何を求めているのか。
 本当は分かりきっているのに、それを認めるのは余りにも悔しい。俯き唇を噛み締めていると彼が再び距離を詰めてくる気配。

「お前って本当に飽きないな」

 くつくつと笑い声が降ってくる。またからかわれると思った矢先、額に柔らかなものが触れた。それが彼の唇だと気付いた時にはもう遅く、その熱は離れていた。

「ちょ、ちょっと今のって……!」
「おっと、文句があるならオレを追いかけてみろよ。いつでも待ってるぜ?」

 呆然と立ち尽くす私を尻目に、ソニックは空いている窓から颯爽と飛び出していった。彼のいなくなった廊下で一人蹲り、顔を覆う。

「ほんと、どこまでズルいの……」

 窓から吹き込んでくる風は心地良くも、身体の奥で燻る熱までは冷ましてくれない。こんな調子で明日からどうやって彼と顔を合わせればいいんだろう。火照った顔を両手で押さえつつ、しばらくその場から動けずにいたのだった――

今回の夢主は女版ナックルズ的な。




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