ソニック短編7

Morning glow

お試しLOVERS

 突如響き渡るけたたましいアラーム音によって、現実へと意識を引き戻された私。布団から右腕だけを出し、手探りでベッドの上に置かれている時計を止めた。
 しかし一息ついたのも束の間、伸ばしたままの腕を風が撫でる感触に思わず飛び起きる。心臓の激しい鼓動を感じながら窓の方を見ると、開け放たれた窓の縁でカーテンが揺らめいていて――その窓枠には、悪戯っぽい笑みを浮かべ腰かけているソニックの姿。

「え、なっ……何やってんのソニック! アンタ、遂にそんなことまで!?」
「No way,ここの窓、鍵空いてたぜ? 気付いたのがオレで良かったな」

 ソニックは"やれやれ"と言わんばかりに両手を肩の高さにまで上げる。確かに変質者とかではなくて安心したのは事実だけど。昨夜の自分の無用心さに呆れ果ててしまう。私が項垂れている間に彼は窓枠から降りると部屋の中に入り、窓を閉めていた。

「で、何でソニックは私の部屋に入ってきてる訳?」

 こちらが睨むも意に介さず、側にあった椅子に座る彼。全く悪びれる様子がないところを見るに、どうせ言っても無駄だろう。

「……堂々と部屋に侵入してまで何の用?」
「いい加減、オレとお前の関係を整理しようと思った」

 背凭れに腕を乗せ、神妙な面持ちでこちらを見つめてくるソニック。彼の言う"私達の関係"とは、至ってシンプル。隙さえあれば私に言い寄ってくるソニックと、日々彼をあしらってきた私。たったそれだけだ。

「……アンタとは付き合わないって何度も言ってるでしょ」
「なら、"期間限定"ってのはどうだ?」
「はい?」

 突拍子もない提案に私は眉根を寄せた。このハリネズミは何を言い出すのやら。

「今日から来週までの間、お試しってやつでいこうぜ。その間にお前が少しでも"アリだな"と感じたらオレの勝ちってことで」
「何それ、私にとってメリットが無いんだけど?」
「お前が最後まで振り向かなかったら、オレは今度こそ諦める……これなら良いだろ?」

 確かにそれなら平等な条件になる。いいよ、試してみようじゃない。私がアンタに心を奪われるなんてこと、ありえないはずなんだから。
 しかし諦めの悪いソニックからこんな話を持ちかけてくるなんて、余程自信があるんだろうか。油断しないようにせねば。

「分かった。その勝負、受けてあげる」
「OK,この一週間、いつまで保つか楽しませてもらうとするぜ」

 こうして私とソニックの"恋人ごっこ"が始まったのだった。しかし相手は曲者のソニック。一筋縄ではいかないことは重々承知していたはずなのに、私は以前のようにあしらう術を見失いつつあった――

***

 この"お試し期間"が始まってからというものソニックはしつこく絡んでくることはなく、むしろソフトな対応をするようになった。スキンシップも激しいものになるかと思いきや、手を繋いだり髪や顔に触れたりという初歩的なものばかり。
 無理に求めてこないのはありがたいけど、形式的には一応"恋人"。本当に彼はこれでいいのかと肩透かしを食らった気分だ。そんなお試し期間も残り二日となった頃、ソニックにそんな話をぼやいてみると、彼は目を細めて実に楽しげな様子で口を開く。

「へえ……要するに物足りないってことか?」
「そ、そんなこと言ってないでしょ!? ただ、アンタにしては控えめだと思っただけで……」
「それを口にするなんて、お前も少しは期待してたってことだよな?」

 "期待"という単語が出てきたと同時に、私の顔が一気に熱を帯びていくのを感じた。否定するべき所なのに今の彼にはどう足掻いても無駄な気がして、唇を噛むだけの私。その間も心臓は激しく鼓動を刻み――おかしい、こんなの。ソニックはただ静かに見つめてくる。まるで、罠に掛かりもがく獲物を眺めるような目付きで。
 彼の表情を見てようやく自分がまんまと彼のペースに乗せられてしまったことに気付くも、時すでに遅し。着実に逃げ場を埋められていき、焦れば焦るほど彼の思惑通りになっていくだけ。ここは一旦視線を逸らして冷静に努めなくては。

「違う、私……こんなはずじゃ、」
「ならオレと目を合わせてみろよ。オレのこと本当に意識してないってなら……簡単だよな?」
「ず、ズルいよそんなの……!」
「What? いつもオレを流してきたお前なら、今更そんな台詞言わないと思ってたんだが」

 遂に最後の逃げ道も塞がれた。本当は分かっている。私の心はとっくに見透かされていて、わざと知らないフリをして追い詰めていることくらい。

「今までもそうだったよな。オレに対して気のない素振りはしてても、そういう時のお前は決まってオレと目を合わせなかった。だろ?」

 完全に手詰まりだ。私は観念したようにゆっくりと顔を上げ、彼と視線を合わせた。瞬間、彼の満足そうな笑顔で頬が更に熱くなっていくのを感じる。

「こ……これで、いいんでしょ!」
「ああ。それじゃ仕上げといこうか」
「はっ? 仕上げって、」

 言葉の意図を掴めない私は、気付けばソファに押し倒されていた。あまりにも突然の出来事で理解が全く追いつかない。
 混乱しているとソニックの顔がゆっくり近づいてきて、思わずきつく目を瞑る私。しかし予想していた柔らかな感触は唇にではなく、額に訪れた。呆気にとられる私を見下ろしながら、ソニックはくつくつと笑う。

「キスされると思ったか?」
「え、なっ、何それ……!」
「さっきのお前の顔、最高にCuteだったぜ」

 耳元で囁かれる度に身体が跳ねそうになる。最早負けを認めざるを得ない状況に、更に追い撃ちをかけられる私。

「ナナシ……この勝負、オレの勝ちでいいよな?」

 ソニックは本当に狡い。しかし私が言えた口ではないのだ。なんだかんだと言いつつも、結局私は彼を心から拒絶することができなかった。いつしか芽生えていた気持ちと向き合うことから逃げつつ、そんな自分を求め続けてくれるソニックの想いに甘えてきたんだから。

「……降参。こんな私で良ければ、ね」
「"ホンモノ"ってことで、今から仕切り直しだな」

 ソニックは嬉しそうに目を細めると、私の頬に手を添えてきた。大きくて温かな手の平の感触に安心感を覚えてしまうあたり、もうすっかり彼に毒されてしまったのかもしれない。
 ソニックの顔が降りてくることで自然と距離が縮まり、私達は初めての口付けを交わしたのだった。明日からの私はきっと素直になれると思う――

どう締め括ろうか迷いに迷ったものの、なんとかまとまったような。




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