お見通し

Morning glow




 ジャイアントステップを後にし、洞窟を抜ける頃には9時近くになっていた。一応周囲を確認してから小屋を抜ける。有り得ないとは思うけど、もしまた警官がいたらと思うと洒落にならないからね。
 そしてそのまま市街地に戻り、バーガーショップでドリンクを片手に少し休憩することにした。その間もナナシは次は何処へ行くの?と期待の眼差しで僕を見つめてきていた。
 さっきまで洞窟に入ったり崖を上り下りしてきたにも関わらずまだまだ元気そうに笑う姿を見ていると、彼女も割と体力がある方なんだろうかと思う。僕は彼女を宥めるとテーブルの上に地図を広げ、ペンでルートをなぞっていく。

「今日はツーソンを通って、グレートフルデッドの谷を抜けて、日没までにこのハッピーハッピー村に到着するのが目標だよ」
「おおう、結構距離あるなあ……」
「うん。もう少し休んだらツーソンへ向かおう。デパートで食料とか買っておきたいしね」

 こうして僕達は市街地を南に抜けて、ツーソンへの道に差し掛かった。するとなんて間の悪いことか――そこではオネット警察名物の道路封鎖が行われていた。パトカーが止められていて、黒と黄色のストライプのバリケードが張られている。
 オネット市民にとっては昔からお馴染みの光景だけど、よりにもよって今日ここを封鎖しなくてもいいじゃないか。隣でナナシも額を抑えて大きなため息をついていた。立っている警官は二人か、これならなんとかなるかな。

「はあ、また封鎖……今月でもう四回目だよ」
「仕方ないよ。まだギネス記録に挑戦してるみたいだし。ここは一旦僕に任せて」

 僕はナナシを待機させると近くの茂みに入り込む。そして近くの開けた空間に指を向けて、PKフラッシュを放つ。これほどの大きな音と強烈な光だ、気付いてくれればいいんだけど。

「何だ今の大きな音と光は!?」
「あの茂みの方からだぞ――

 警官達が音に気付いたらしく、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。僕はすぐにその場を離れて、隠れていたナナシの手を取ると急いでバリケードを超えた。
 これで一安心かな。ほっと一息つくと、握られているナナシの手が小さく震えていた。振り返ると、冷や汗を垂らしながら息を切らしている姿があった。

「見つかるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしちゃった。まだドキドキしてるんだけど」
「ふふ、これも冒険の一種ってことで」
「確かにスリル満点だけどさあ」

 緊張の糸が解けたのか、ナナシは力が抜けたような表情で力なく笑っていた。そんな顔を見ていると僕も不思議と笑いがこみ上げてくる。

「これから色々な所にいくんだから。これぐらいでへたれてたら後が続かないよ?」
「むっ。確かにそうだけど」

 ナナシは頬を膨らませると、気合を入れるためか自分の両頬を軽く叩いた。彼女のこういう部分を見る度に、何だか微笑ましくなる。当時の自分で自分を励ましていた頃の僕を思い出すようだった――

 暫く歩くと僕達はツーソンへと到着し、早速デパートに立ち寄った。此処も相変わらずの賑わいだな。こういった大型の商業施設はツーソンにしかないから、オネットとスリークからやってくる客も多い。
 まずは軽い食料や電池といった消耗品を買い足しに一階のフロアを歩いている時だった。ふとナナシの足が止まり、一点を見つめていたかと思うと突然声を上げだしたのである。

「あっ、ポーラだ!」

 ナナシの呼びかける声に反応して振り返った少女は紛れもなくポーラだった。肩まで伸びているふわりとした金色の髪はひとつに括られていて、きょとんとした顔でこちらを見ていたかと思うとすぐに微笑む。
 ちなみにナナシとポーラは昔、旅していた頃オネットで顔を合わせたのが切っ掛けですぐに打ち解けて友達になっていたらしい。今でも携帯でやり取りをしていたり、時々会っては一緒に買い物をしたりしているみたいだ。

「まあ、ナナシじゃない! ネスも久しぶりね。今日はどうしたの?」
「ああ、今日はちょっとね」
「近くまで来たから久しぶりにここで買い物しようかなって思ってたんだ」

 何となく二人で冒険に出ているとは言い出しにくくて口篭る僕をフォローするかのように、ナナシが上手く繋いでくれた。彼女にはそのつもりがなくても、僕としては助かったのは事実だ。
 そのまま会話の流れはナナシに任せようとしていた時だった。突然ポーラの声が僕の脳内に響いてきたんだ。

――今日はデートっていうところ?)
(わっ、急にテレパシーで話しかけないでよ。驚いたじゃないか)
(ごめんなさいね。でも、ナナシの雰囲気を見るにまだそこまで行ってないのね)

 驚くことに、今ポーラは僕とテレパシーで会話をしながらもナナシとも言葉を交わしていた。本当に器用なことをするなと感心する。彼女は元々テレパシー能力に長けていたけど、以前よりも更に精度が増してる気がする。
 僕もたまにフォギーランドに住むジェフや、ランマにいるプーに向けてテレパシーで会話しようと試みることがあったけど、ノイズのような音が酷いと指摘されてしまうほどには上達できてない。

「ポーラこそ今日はどうしたの?」
「今日は園児のバースデイパーティーに出す料理の材料を買いに来たのよ」

 ナナシとは楽しそうに会話を続けているのに、僕には横目で呆れの入った視線を浴びせてくるものだから思わず苦笑してしまう。

(はあ、ネスったら。相変わらず鈍い割に奥手なんだから)
(奥手って……僕は、まだナナシのこと――
(何よ、私が気付いてないとでも思ってたの?)

 僕が思わず言葉に詰まっていると、ポーラと会話に花を咲かせていたナナシが手洗いに行くといって離れていった。久々に二人になり、何だか居た堪れなくなってしまう。
 決して彼女のことが嫌なわけではないということは分かってほしい。今でも大切な友人の一人であることは変わらないんだ。
 でもこうなってしまうのには一応理由があって、昔からポーラに会うたびに"言いたいことがあるって言ってたけどなんだったの"って聞くと、決まって小さく膨れるものだからここ数年はこの話題は出さないようにしていた。
 ――それもあって二人だけになると少し気まずくなるんだ。そんなことを思い出していると、ポーラの方から沈黙を破ってきた。

「今日はただのお出かけじゃないんでしょう」
「え、分かる……?」
「二人共そんなに大きなリュックを背負ってるだから、誰でもわかるわよ」

 そう言って僕のリュックを指さしながら、軽く笑い声を上げる。確かに誰が見たって分かるか。僕もつられて笑ってしまった。

「何処に行こうとしてるのか大方予想がつくけど――ナナシに怪我させたら許さないんだから」
「うん。肝に銘じておくよ」

 ポーラが言ってるのは恐らくこれから向かうグレートフルデッドの谷のことだろう。昔ハッピーハッピー教団に誘拐された彼女を救出しに行く為に通った難所だ。
 あの頃は村へ通じる橋が壊されていて足場の悪い所から遠回りする羽目になり、道中の光景といえばあちらこちらで大木が動き回りUFOまで飛び交っていて異様なものだった。そしてそんな危険地帯をなんとか一人で通り抜けたんだ。
 だからこそ帰りは仲間が増えたことで心強かったんだけどね。そんな思い出に耽っていると、ナナシが戻ってきた。そしてその手に提げられていた紙袋をポーラに手渡す。

「これ、良かったら幼稚園のみんなで食べてほしいな」
「あら、美味しそうなクッキー! 皆も喜ぶわ、ありがとう」

 受け取った紙袋を抱きしめてポーラはとびきりの笑顔をナナシに向けたと思うと、ふとその表情を緩ませた。

「ナナシ。こんな鈍い人だけど――ネスのことよろしくお願いするわね」
「おいおい、いつから君は僕のママになったのさ」
「確かに、ポーラってばお母さんみたい。でもネスって言うほど鈍いかな? 運動神経ある方だと思うけど……」

(ここにもいたわ。恐ろしく鈍いのが)

 不思議そうに首をかしげているナナシを見て、ポーラは今度こそ大きな溜息をついていた。子供の頃からしっかりもので、何だかんだ言いながらも旅をしている間僕達をまとめてくれていた頼もしい人。
 君がいてくれたから僕達はあの旅を完遂できたんだよ。これからも色々と心配をかけたりすると思うけど、親友としてよろしく頼むね。
 こうして僕とナナシはポーラと別れて、ツーソンの東側へと足を進めていった――

私の中でのポーラは世話焼きのしっかり者というイメージです。

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